あなたとイエス~Q&A~

これらは信仰のヒントです。あなたにとって良い知らせとなるでしょう。

キリスト教とは?

キリスト教とは、聖書(旧約聖書39巻・新約聖書27巻)を正典(信仰・教義・生活に規範を与える書物)としている宗教です。
宗教といっても「運気をあげる」、「霊能力を高める」といった不確定的なものではありません。
何千年と受け継がれてきた「神の力」である「聖書」を信じ、我々のすべてを変えてくださる救い主「イエス・キリスト」を受け入れ、神との関係を築くといういわばこの世の「真理」であるとわたしたちは確信しています。
一度教会においでください。あなたの人生を変える、最高の出会いがあることをお約束します。

プロテスタントとは?

プロテスタントの起源はマルチン・ルターの宗教改革にあります。中世ローマ・カトリック教会は教皇を絶対的なものとし、教皇の語ることに誤りがないと信じてきました。しかし、教会や教皇に誤りがないのではなく、聖書にこそ誤りがないと主張する所からプロテスタント教会ははじまりました。私たちはその流れをくみ、聖書のみを神のことばとして信じています。

教会ってどういう場所?

教会とは礼拝を行ったり、聖書を学ぶときに人々が集う場所です。
またそこは心を休める憩いの場でもあります。
決して堅苦しい場所ではなく、クリスチャンでもそうでない人でも、どなたでも入ることができます。
職業、年齢などの壁をこえて皆で分かち合うことのできる場でもあります。
礼拝では信仰者はもちろん、まだ洗礼を受けていない人もいます。信仰の有無に問わず、どなたでも参加することができます。
週に一度、都会の喧騒から離れ、心を癒しに来ませんか?

 

礼拝ってなに?

日曜日に行われる集会のことです。
牧師からの説教(堅苦しいものではありませんよ!私たちの日々の糧となるアドバイスです。)を聞き、賛美歌を歌い、神さまにお祈りをする時間のことです。 

礼拝に行く理由は?

礼拝とは、2人でも3人でもイエス・キリストを信じる者たちが集まるところにキリストの臨在(そこにおられるということ)があるということに基づいて、キリストにお目にかかる行為です。クリスチャンは、聖書のことばを通してキリストに触れ、罪の赦し、慰めと励ましを受けそれぞれの生活の場へと帰っていくのです。

初めて教会に行くんだけど、不安...。

礼拝でのメッセージはわかりやすく牧師が説教しますし、すべての時間をあなたのために信徒がお手伝いします。ひとりひとりの方に丁寧に対応させていただきますのでご安心ください。聖書に記されているとおり、みな神の家族です。

キリスト教についてあまり知らないのですが...。

来てくださってありがとうございます!大丈夫です はじめから知識のある方はいません!(逆に見たことがありません笑) 安心して気軽に来てください!

なぜ祈るの?

祈りとは神との対話です。私たち人間を造り、守っておられる神は、私たちの必要なものをご存じであられ、豊かに与えてくださいます。ですから、神に感謝することが祈りの基本です。さらに神は私たちの願いを聞き、必要に応じて、最も良い時に与えてくださいます。

お金について

教会に関わる「お金」については、まず「献金」があげられます。礼拝で献金が行われますが、信者の神に対する感謝を表しています。まだクリスチャンでない方は強制ではありませんのでご自由になさってください。

イエスとは?

イエスとは、人として世に現れた神の子です。神としての身分を捨て、赤ん坊として生まれ、すべての人間と同じように歩み、あらゆる苦しみを背負って十字架にかかって死にました。それは、生まれてからこの方罪を犯さないでは生きられない私たちのすべてをなぞってあらゆる罪の身代わりとなるためです。
神はこのイエスを死から復活させ、私たちの身代わりの刑罰がほんとうのことであることを示しました。すべての信じる者たちもこのイエスと同じように復活し永遠に生きるものとされることが約束されています。

 

 

 

『悔い改め』とは?

悔い改めとは自分が今まで犯してきた「罪」を反省し、神さまに祈り、赦(ゆる)していただき、真に清められる行いです。この「罪」とは「crime-犯罪」ではなく、「sin-道徳上の罪」を表します。ちまたでもよく使われることばですが、これは「罪を振り返って自分を苦しめる」のではなく、「等身大の自分を見つめ直し、新しく歩むための一歩」なのです。
自分の過去の過ちや今の自分への罪深さを感じている方へ。それを悩まずイエス・キリストに預けてください。イエスは十字架の上で、あなたのために、犯したすべての罪を赦され、その悩む罪悪感をも断ち切られました。

聖書とは?

聖書は旧約聖書と新約聖書からなっています。旧約聖書の最初の書である創世記は、神が天と地を創造されたという記述にはじまり、さまざまな記録をもとに紀元前1500年代に生きたモーセによって書き始められました。旧約聖書はイエス・キリストを指し示しておりキリストの預言です。
新約聖書はの最も新しいものでも紀元後90年頃です。新約聖書は神の子として世に来られたイエス・キリストの目撃者たちのことばです。
決して理解しがたいことが記されているのではなく、上で述べた天地創造や、考古学上事実とされている紀元前の歴史、また我々が人生を歩んでいく上で必要な希望と慰めのことばが記されています。

 

聖書を読む理由

聖書は誤りのない神のことばです。私たちの信仰と生活のただ一つの規範であるとキリスト者は信じております。この神のことばは断罪のことばではなく、罪の赦しと希望を与えることばです。私たちは、すべての人が聞くべき神のことばであると信じています。 

聖書を使うほかの宗教や異端の存在って?

聖書を全体的あるいは部分的に正典としている宗教もあります。それらとの違いは、イエス・キリストをまことの神でありまことの人であるとしているかどうかです。
「ユダヤ教」は旧約聖書を用いますが、イエス・キリストを否定しています。
「イスラム教」は旧約聖書とコーランを正典としキリストを認めていません。
旧約・新約聖書にモルモン経を加えた「モルモン教」、
原理公論を加えた「統一協会」はイエス・キリスト以外を教祖とする別の宗教でありキリスト教ではありません。
旧約・新約聖書を用いながらもイエス・キリストが神であると述べられている部分を書き換えたものを用いている「ものみの塔」(エホバの証人)も似て非なる教えです

ともに学びましょう

水曜日の午前10時から教会では聖書の学びを行っています。そこでは牧師から神の言葉を正しく学ぶことができます。
どなたでも参加することができます。持ち物は必要ありません。当然、お金も必要ありません。
あなたも聖書に触れてみませんか?

あなたも神の言葉を聞きましょう

キリスト教に触れてみたいと思う方は、まず礼拝にお越し下さい。
信仰を強制したり、しつこく勧誘することはありませんのでご安心下さい。
お持ちになるものは何もありません。もちろんお金もいりません。
慣れないうちは、ただ礼拝の時間座っていただくだけでかまいません。
聖書のことばを聞く中で、関心が芽生えたり、信じたいと思ったら牧師や信者にお伝え下さい。
共に聖書を学びましょう。